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Health, justice and a good life

地域での診療とヘルスポリシー研究、政策実践を横断中。

さて、いつ死ぬのか

ああ、今日も生きていた。

そうぼんやり考えながら目が覚める。時々、涙がでている。

日常的に死に関わる医療職の方なら、ときどきこういう朝がある。

生きている、しかも平気で生きていることは40歳を越えると結構難しい。

「悟りという事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違いで、悟りという事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった」正岡子規『病牀六尺』

僕の場合は、こういう時に何人かの既に会うことのできない友人や患者さんを思い出す。

そして自分の番はいつなのか、と考えながら、重たい身体を起こすのだ。

ノーベル物理学賞の報道があってから、戸塚洋二先生の本を読み返している。

 研究者なら、自分の研究に没頭して、先端で成果をあげる先生の生き方に強く共感するところがあるだろう。”We will rebuild the detector. There is no question.”で始まる、スーパーカミオカンデの事故のストーリーは、何度読んでも胸が熱くなる。身体に変調や疾病があっても、それはそれで人生を形作るひとつの要素でしかない。いつ命がなくなるとも知れないのなら、自分はどの程度の濃度や速さで生きていくのか。生き急ぐこと、それ自体が命を縮めることはないのか…と迷わずに、花が咲くように、赤子が泣くように、一途に生きよと伝わってくる。