Health, justice, and a good life

地域での診療とヘルスポリシー研究、政策実践を横断中。

Stay hungry, stay foolishであるとは。

ティーブジョブスのStay hungry, stay foolish.に共感しつつも、日常の怠惰にながされてしまう自分に嫌悪していたけれど、よくよく考えてみれば、hungryでfoolishとして自分を惰性や常識から解放してくれる「あり方」みたいなものは、なにか。

なんだか思考の順番が逆な感じもするけれど、答えは意外なところにありました。佐野元春さんが歌っていた。。。

 

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恋とか情熱とか。

自分が恋とか情熱とかにドライブされているときって、眼がギラギラして息がハアハアして、文字通りのhungryでfoolishな、すべての周囲の期待を振り切り、自分の求めるところへ一直線に疲れを知らずに突き進める。

恋とか情熱とか、にもみくちゃにされながら生きよ。それ以外に惑わされるな!

医療というのは、国際的なレベルで語らないかぎり意味がない。つまり、国際的に自分の診療がどういう位置にいるかを常に考えていない診療は自己満足になる

新聞記事で本庶佑先生のノーベル医学生理学賞受賞に関連する報道を読むと、本当にワクワクする。そして、私自身の文脈に変換されて意味をもつフレーズもある。

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このなかで、早石修先生の教えとして

サイエンスというのは国際的なレベルで語らない限り意味がないと、つまり、国際的に自分の研究がどういう位置にいるかということを常に考えていない研究は自己満足になる

 とは、医療においても同様だと感じています。つまり

医療というのは、国際的なレベルで語らないかぎり意味がない。つまり、国際的に自分の診療がどういう位置にいるかを常に考えていない診療は自己満足になる

 のだと。

各医師オリジナルな意見は尊重しながらも、それを偏りのすくない形で国際的な議論の載せられるかが、診療の質の判断になります。「自分の経験ではこうである」といった主張や、「エビデンスがある」とうそぶく言説や、妙に説得力のあるもっともらしいロジックは常に、「国際的なレベルで語ってみる」というすこし辛いフィルターをかける必要がありそうです。お試し下さい。

家庭医のひとり診療所は都会で存続可能か?

前回の投稿であった「はじめてロンドンで登録した小さな家庭医診療所」は、インペリアルカレッジから歩いて通える距離のアパートに住み始めた時に登録したところです。インターネットで検索して、一番近いクリニックに登録したくて、ひとまず登録ってなんだと歩いて様子を見に行きました。

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こんな住宅のひとつがクリニックでした。

扉を開けると簡素な机に座った婦人が受付をしてくれました。普段着の素敵な、近くに住むお姉さんの感じで、さあお入りなさい、と。登録したい旨と、留学生なのでこれからどうすればよいのか分からないということを、たどたどしく英単語をつなげた言葉で伝えると、ああそうよね、新学期の季節だね、と飾らない言葉で緊張をほぐしてくれる。いくつかの必要な書類について教えてくれて、その日は終了。待合室と呼ぶべき中の空間は、古いソファと歩くときしむ床、その後何度も他の場所でみるよくある住居の居間のような空間でした。後日訪れて診察室にもおじゃまする。簡素なベッドと見慣れた必要最小限の診察道具とともに、リラックスした様子の家庭医が座っている。概念的に語られるゲートキーパーやゲートオープナーや、レントゲンや内視鏡やCTがクリニックにないことや、待ち時間が長いことなんかはどうでもよくなり、きちんとトレーニングされた家庭医が落ち着いて存在して、どんな健康問題でも相談してね、といってくれることに圧倒的な存在感と安心を感じたのでした。これはいいね、と。

結局、家族の妊娠で助産師さんを紹介してもらった以外には、そこのクリニックにお世話になることはありませんでしたが(子供が生まれてからは、引っ越し先で本当にたくさんの家庭医(GP)にお世話になりました。。)、その「小さな家庭医診療所」は私の頭にのこり、今回の開業のモデルとなっています。

家庭医ひとりのキャパシティで、近隣の方へ家庭医療診療を行う。患者さんがアクセスしやすい道路沿いの1階に扉を開けて、どの年代の患者さんも来院できるように外来を開けておく。まずは診療内容をきちんと世界標準に定め、提供できる診療体制整備を行う。継続して運営可能な体制を整える。新しいことや余計なことはせず、継続して診療して長期的な安心を提供する。単独では成立しないのが家庭医療クリニックであり、近隣の医療機関や医療専門職・介護専門職・福祉専門職や行政機関と連携し、健康問題解決や日常生活支援を提供する。来院できない方へは訪問診療の選択肢もある。乳児健診や予防接種から生活習慣病管理、よくある疾患の診断や管理とともに鑑別診断が困難な例へのアプローチにも情熱を燃やす。アレルギー診療や感染症診療も実施し、診療科横断的な診療をして、認知症在宅医療や在宅緩和ケアまで提供する。トレンドやイノベーションは柔軟に採用しながらも、根幹はぶれずに実践するために、ひとりでやってみたいし、国内外でも実践できている先例はある。

医療提供サイドの覚悟と準備はできました。さて、皆さんにどのように使って頂けるかが次の課題です。クリニックでお待ちしております。

ひとつ終わって、次をはじめる:クリニック開業しました

73回目の終戦の日がすぎ、今上天皇戦没者追悼式に参列される最後の機会だと知って、ひどく驚いてしまう。戦争が経験ではなく歴史となっていくことは、避けられないながらも、元号がかわることに直面して、否が応でも時間の経過とその不可逆さを痛感する。

診療所外来で年配の方とお話しするときの定番の話題は戦争の経験だ。からだの話が一息つくと、若輩者の私に多くの年長の方は自身の経験を語ってくれる。カチャカチャと音を立てるキーボードから手を離し、ぐっとその話に聞き入る。食糧事情や学校のこと、工場での仕事や日常生活の話し、徴兵され従軍した話しの最後に、さらりと抑留の話がでたりする。軍での訓練の内容も、爆弾を抱えて走り、戦車の下に潜り込む訓練だったりする。「軍人として訓練をうけていない学徒は、戦闘の技術がなく、自爆する訓練を受けたんだよ」と言ってすこし笑い、ぽろぽろと涙を流す。天井を仰いで私も泣く。特に暑い夏のこの時期には終戦の記憶とともに、患者さんが少ないこともあり、生活や死生観を知る機会にもなり、70年以上まえの話しを積極的にする。

そういう日常の中にあった、大切な患者さんのひとりが亡くなったことは大きな喪失感となった。他のひとはこういう時間をどう感じているのだろう。ひどく焦る。呼吸が荒くなり、動悸がする。迂闊にも永遠に失われてしまったことへ準備ができてなかった後悔。話しを伺っているfamily medicineは仕事なのだけれど、自分の人生とは不可分で、いま自分が人生の中ですべきことと、これからの残り時間と、そこでなし得ることを考えて、廊下をうろうろする。

いままで経験してきて分かっている、時間がかかることを今からはじめよう。大切な人たちを大切にできる自分ができることを今しよう。様々な可能性のなかで、改めてfamily medicineでいこうと決断する。大上段に振りかぶり見得を切りながらも、地に足をつけて。

ということで、自分のクリニックを始めました。はじめてロンドンに住んだときに登録した、近所の家庭医みたいなちいさなクリニックですが、診療内容は骨太の世界標準のfamily medicineを基準としています。さらりとfamily medicineできるようにするには、時間がかかりそうですが、スタッフ一同(私と家族だけですが。。)頑張っていきますので、よろしくお願いいたします。

 

研究者のいう「これが答えだ」が、気持ち悪いのは何故か

横断的観察でも、後方視的な情報にもとづくある程度の確実な”実証”であっても、もちろん手順を踏んだエビデンスであっても、医療政策や医療提供などの研究者が声高に、自分のもつデータからの解釈を講釈するのを聞くと、居心地悪くなることはありませんか。

確かに正しいことを研究者はいっている(かもしれない)。その「正しさ」らしさと、そこはかとないいかがわしさが、実行と実務に価値をおく立場(とその仕事を担おうと実践してきた者)としては、いつも気持ち悪く感じています。

それは研究者が、解決すべき課題全体にかかわらず、自分が利用可能なデータで前提(時に明示的ではない)を置きながらもっともらしく一般化し主張しながら、確実・不確実両方含めた意志決定のポジションをとらないからだと、理解しています。逆に恥ずかしながら、上記のような課題を部分に分けて考えたり、仮説で実証を分析して意味合いを出すのが苦手で、自分は研究者としてたくさんの業績をあげるのに失敗していると感じます。そういう自分に都合のよい仮説を実証するくらいなら、いまここにある課題に解をだす分析をだし、世の中をひとつでもよい世界にする仕事に自分の時間を使いたいと。

自分の理想とする社会につながる仕事をしていないときには、自分の足元の仕事に没頭し価値を見いだす作業が必要で、いま自分の仕事が楽しめているのも足元への没頭であるからこそ、研究者的側面の作業がおろそかになる。

自分の今の仕事と、自分の理想とする社会に貢献する仕事が一致するときに、自分の実務面の成果と、研究面の成果が一致してくるのではと模索模索また模索、です。

でもここで、はたと気づく。これまで書いてきたのは誠実な研究者のまっとうな役割ではなかったか。「じゃあおまえがやってみろ」という挑発ではなく、お互いがお互いの”役割”を尊重しながら、各々の知識と能力を駆使して、現実的な解を導き、実施して世界をよりよいものにしてく。このお互いの役割の認識が異なっていたり、片方が片方の仕事を自分がやればできると錯覚しているときに、気持ち悪さがでてくる、のではないか。

 

養生法と死ぬのは苦しくない、ということ

最近外来での話題で、「長生きしたい」と聞くことはめっきり減った印象がある。

一方で増えているのは、「早く逝きたい」ということばだ。

「それは僕の仕事じゃないなあ」と言いながら、手持ちぶさたにカルテを打ち込むのが精一杯。先に逝ってしまった家族や友人の話を伺いながら、どうやってこの話題と向き合っていくのか考えあぐねている。早く逝く方法はいくらでもあるのだが、適切に逝くのが僕と患者さんとの間で共有している目標という自覚はあるけれど。(書いている途中)

American Family Physicianが僕のFP的枠組みを作っている

外来で膝が痛いと言われれば、一通りの膝の診察をし(北海道でなら普通に自分でポジショニングしてレントゲン撮影もしてました。膝2R、荷重も、必要なら軸写も;しかもその当時はフィルムだった…)、眠れないといわれれば、うつ含め精神心理的な問診と内科的診察を重ねる。

こういう基本的な診療のスタンダードなスタイルは、初期研修の時の、例えば整形外科研修や精神科研修(ああ、どこも厳しかったなあ…)で鍛えられたけれど、同時に貪るように読んでいた「American Family Physician」という雑誌が僕のFP的枠組みを作っていると最近感じている。

www.aafp.org

その雑誌で扱われているのは、よくみる高血圧や脂質代謝異常などのコモンな疾患もさることながら、梅毒のスクリーニングの話だったり、手根管症候群の治療エビデンスの話だったりがさらっと載っている。そしてそれを僕たち家庭医(Family Physician)の研修を受けた医師は、自分の診療範囲内の健康問題だとして、あたりまえに受け取っている。これ、他の研修を受けた医師たちや、逆に診療をうける患者さんとしては、どう感じるのだろうか(そんなの当たり前だ、と受け取ってほしい)。

新年に、急に気になりだして、AAFPのウェブサイトを見ると、やっぱり魅力的な紙面で、円安なのにドルで大枚はたいて購読してしまった…。この投資、絶対に自分の臨床能力のブラッシュアップのために活用して、回収しよう…